「煮えたよーッ」という賄いのオバさんのひと声で一斉に食べくらべが始まりました。
四本の杓子が目まぐるしく回転して次々とゼンザイを掬いだしていきます。寒気の
中でフウフウ言いながら食べるゼンザイは、やはり最高です。

  最初から鍋の周りにたかっていた一年生の食欲は実に旺盛で、ゼンザイはみる
みるうちに減っていきます。私も負けずにゼンザイを胃袋に流し込みます。そして
一応空腹が満たされたところで改めて周囲に眼をやりました。すると一年生に混っ
てゼンザイにがっついている三年生はなんと自分ひとりなのに気がついたのです。
私は面映ゆくなって鍋のそばを離れると、入れかわるようにして二年生と三年生が
鍋を取り囲んできました。それとなく暗黙の順番ができているようです。ともあれ、
私はもう腹いっぱいなのです。これ以上は食べられそうもありません。座敷へいっ
てしばらく休んでいよう。そう思って私は座敷へ来てみると、そのすぐ後ろから三人
の二年生がそれぞれアルミのトレイにゼンザイを運んできて、主将をはじめ副将・
中堅ら六人の黒帯組にゼンザイを配っています。この時、私にはようやくすべてが
のみこめたのです。

 ゼンザイは今が食べ時、先ほどまで紫色だった
汁も大分底のほうまで減って、濃い紫色に変わり、
餅はほどよく溶け、どろどろになった小豆と絡み合
い、われこそはゼンザイの王様とばかりノーブルな
光を放っています。その特上のゼンザイを黒帯組
は憎らしいほど美味しそうに食べているのです。
 特大鍋と小さな杓子、このふたつのアンバランス
が招いた不公平、杓子が鍋の底に届くにはゼンザ
イの三分の二がみんなの胃袋に納まっていなけれ
ばならなかった。つまりゼンザイのいちばん美味し
い部分は鍋の底にあって、私が涙さえ流して胃袋
につめこんだものは薄紫色をした、ただの砂糖湯
だったわけです。この悔しさ。

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