このページは「NishiMitsu's
Homepage」さんのご好意により、
同ページ内の「バロン吉元の部屋」からも引用させていただきました。
http://east.portland.ne.jp/~kntk123/baron/index.htm |
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プ ロ フィ ー ル
漫画家、画家。鹿児島県指宿市育ち。高校時代より画家を志し、上京。武蔵野美術大学西洋画科へ入学。1959年、「街」(セントラル出版)に投稿した『ほしいなあ』が入選、新人特別賞受賞。大学中退後、漫画家・横山まさみち氏のアシスタントとなりストーリ作りを学ぶ。それに平行して、セツ・モードセミナーにて長沢節氏、穂積和夫氏にファッション・イラストを学ぶ。貸本漫画を本名「吉元正」の名義で発表し、アクションやSF、青春ものなど活動の場を広げていった。バロン吉元の名は、1967年、当時双葉社の編集長だった清水文人氏に、「漫画ストーリー」(双葉社)に掲載された『ベトコンの女豹』から名づけられた。1967年に創刊された「漫画アクション」(双葉社)において、創刊時より、モンキーパンチ氏と若手2本柱として活躍し数々のヒット作を生みだし、代表作である大河漫画『柔侠伝』シリーズをはじめ、、「どん亀野郎」「殴り屋」など、多数の作品を発表。貸本時代より日本の漫画界を牽引し、1960年から70年代にかけて巻き起こった劇画ブームの全盛期を築いた漫画家の一人となったが、人気絶頂であった、1980年、すべての連載を終わらせ突如単身渡米。帰国後はマンガ執筆と並行して「龍まんじ」の雅号にて絵画制作を始める。以後、絵画制作においては、2016年の個展「バロン吉元の脈脈脈」まで、「バロン吉元」名を伏せて行われた。2003年、文化庁指名により第一回文化庁文化交流使としてスウェーデンへ赴任。日本の漫画文化を伝える。当時の教え子の一人、「オーサ・イエ―クストロム」は、後に来日し、バロン吉元主宰のキャラクターアートの会に参加。角川書店より、「北欧女子オーサが見つけた日本の不思議」を発表し人気漫画家となる。
2016年の個展から、エ☆ミリー吉元が本格的にバロン吉元のアートプロデューサー・マネージメントとしてバロンプロスタッフに加わり、「バロン吉元の脈脈脈」展(トーキョーワンダーサイト本郷)、2017年「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」(渋谷ギャラリーアツコバルー)、個展「画俠展」(京都高台寺※境内・北書院での原画展の他、本堂・方丈では高台寺へ奉納された「襖絵劇画」が公開))、2018年、「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」(高台寺・京都※奉納襖絵がライブドローイングされた)) と、精力的に展覧会を開催する。また、関連企画として、京都国際マンガミュージアムにおいても、寺田克也氏とのライブドローイングが行われ、そのもようが映像にてライブ公開された。同年、手塚治虫文化祭「キチムシ」参加。
2019年、年明け早々より、企画展「画業還暦60年記念祭 バロン吉元☆元年」が 弥生美術館にて開催。また会期中には、「画業60年還暦祭バロン吉元個展「男爵」が銀座蔦屋書店にて開かれ、会期終了直後から「画業60年還暦祭「男爵芋煮会」が阿佐谷VOIDにて開催される。 「バロン吉元の脈脈脈」以降の出版としては、2017年、画集「画俠伝/山田参助氏編」(リイド社)、2019年、画集「男爵」(パイインターナショナル)、新装版「柔俠伝」(リイド社)より発行。
2019年、日本漫画家協会文部科学大臣賞受賞の知らせを受け、帝国ホテルにて授賞式が催された。画集「男爵」の国際リリースが秋から始動。
2020年、フランスの第47回アングレーム国際漫画際に招聘され巨大ライブペインティングを4日間完成。7月から8月にかけての3週間、ロスアンジェルスGR2ギャラリーにて個展「GEKIGACORE」開催。
2021年、3月、台湾のWrong Gallery Taipeiにて
キャラクターアートの会 会長
日本漫画家協会理事
主な受賞
二科展奨励賞 日本出版美術家連盟展大賞 現創展東京都知事賞 日本漫画家協会文部科学大臣賞
プロフィール・詳細
漫画家、画家。旧満州国生まれ、鹿児島県指宿市育ち。高校時代より画家を志し、上京。武蔵野美術大学西洋画科へ入学。1959年、「街」(セントラル出版)に投稿した『ほしいなあ』が入選、新人特別賞受賞。大学中退後、漫画家・横山まさみち氏のアシスタントとなりストーリ作りを学ぶ。それに平行して、セツ・モードセミナーにて長沢節、穂積和夫などファッション・イラストレーターに絵を学ぶ。アクションやSF、青春ものなどの貸本漫画を本名「吉元正」の名義で発表し活動の場を広げていった。
バロン吉元の名は、1967年、当時双葉社の編集長だった清水文人氏に、「漫画ストーリー」(双葉社)に掲載された『ベトコンの女豹』から名づけられた。
1967年に創刊された「漫画アクション」(双葉社)において、創刊時より、モンキーパンチ氏と若手2本柱として活躍し数々のヒット作を生みだす。漫画アクション創刊当時のエピソードは、吉本浩二著「ルーザーズ」(双葉社)に詳しく描かれている。
以降、代表作である大河漫画『柔侠伝』シリーズをはじめ、、「どん亀野郎」「殴り屋」など、多数の作品を発表。特に、『柔侠伝』シリーズは、大阪万博で始まり三島由紀夫の割腹自殺で終わった激動の1970年に開始され、以後10年間にわたり連載。70年代を代表するヒット作となる。同作ヒロインの「茜」はサントリーから発売されたマイルドウォッカ「樹氷」のコマーシャル、「樹氷にしてねと、あの娘は言った。」のキャッチコピーとして起用された。また、歌手あがた森魚が1974年に発表したアルバム、「噫無情(レ・ミゼラブル)」に収録されている「昭和柔侠伝の唄」(最后のダンス・ステップ)も、同作にちなんだ曲で、2019年、弥生美術館で開催された画業60年還暦祭 バロン吉元☆元年」では、あがた森魚氏は荒俣宏氏とのトークイベントにおいて、同曲を披露、会場は喝采につつまれた。
基本的に青年漫画のフィールドで時代劇、戦記、伝記、ギャンブル、SF等幅広い作品をこなすが、少年漫画にも活躍の場を持ち、「力童くん」「黒い鷲」などを連載する。
また、邦画・洋画問わず、映画作品への造詣が深いことから、映画誌キネマ旬報1976年5月上旬号より連載を開始。1978年3月上旬号まで「ハリウッド悪党伝」、4月上旬春の特別号から1980年5月上旬号まで「ギンマク悪党伝」、そして1980年6月上旬号から1981年5月上旬号まで「映画悪党伝」を執筆。 これらの連載は、後に双葉社より出版された「映画悪党伝」にまとめられている。書中には、貸本時代よりバロン吉元のファンであった俳優松田優作氏との対談も掲載されている。バロン吉元はそれより前に、松田優作主演の日本テレビ系
ドラマ『探偵物語』番組宣伝用ポスターも手がけている。
貸本時代より日本の漫画界を牽引し、1960年から70年代にかけて巻き起こった劇画ブームの全盛期を築いた漫画家の一人となったが、人気絶頂であった、1980年、すべての連載を終わらせ突如単身渡米。マーベルコミックなどで執筆する。
1985年帰国、結婚。マンガ執筆と並行して「龍まんじ」の雅号にて絵画制作を始める。1086年、双葉社より、絵物語「天女」を発行。
「石川啄木」(佼成出版)「小さな巨人」(アフタヌーン)「親鸞」(角川書店)などを発表。
2000年、ニューヨークのソーホ―にて2001年には、京都造形芸術大学芸術館にてそれぞれ個展を開催した。
2003年、文化庁指名により第一回文化庁文化交流使としてスウェーデンへ赴任。日本の漫画文化を伝える。当時の教え子の一人、「オーサ・イエ―クストロム」は、後に来日し、「北欧女子オーサが見つけた日本の不思議」(角川書店)にて人気漫画家となる。2004年、アメリカ、サンディエゴにて開催のコミコン・インターナショナル、また中国北京世界漫画大会に出席。
2005年、個展「天女がいっぱい」を銀座にて開催、オープニングパーティが帝国ホテルにて催された。2007年第一回バロンピックが故郷指宿にて開催、以後毎年開催され、2012年の第4回鹿児島大会に繋がる。大阪芸術大学にてキャラクターアート展開催。2013年、つくば市にて「第一回ワールドロボピック」開催。2014年、第一回キャラクターアート展が開催され、以後毎年開催。
2016年の個展「新春描舞き初め2016公開制作展」から、エ☆ミリー吉元が本格的にバロン吉元のマネージメントとしてバロンプロスタッフに加わる。「バロン吉元の脈脈脈」展が、トーキョーワンダーサイト本郷にて開催。
2017年、「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」が渋谷のギャラリーアツコバルーにて開催。画集「画俠伝」がリイド社より発行、
また個展「画俠展」が京都高台寺にて開催され、境内・北書院での原画展の他、本堂・方丈では高台寺へ奉納された「襖絵劇画」が公開された。2018年、「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」が(高台寺・京都) にて開催され、境内にてライブドローイングされた奉納襖絵が本堂方丈にて公開奉納された。手塚治虫文化祭「キチムシ」参加
2019年、年明け早々より、企画展「画業還暦60年記念祭 バロン吉元☆元年」が 弥生美術館にて開催された。また会期中には、「画業60年還暦祭バロン吉元個展「男爵」が銀座蔦屋書店にて開かれ、会期終了直後から「画業60年還暦祭「男爵芋煮会」が阿佐谷VOIDにて開催される。 画集「男爵」(パイインターナショナル)、新装版「柔俠伝」(リイド社)より発行。日本漫画家協会文部科学大臣賞受賞の知らせを受け、帝国ホテルにて授賞式が催された。
1986年 ・画集「天女」双葉社より発行、
1992年 ・二科展奨励賞受賞
1997年 ・現創展クサカベ賞受賞・アーチ大賞展大賞受賞・東京展優秀賞受賞、
2000年 ・ニューヨーク、ソーホーにて個展
2001年 ・京都造形芸術大学芸術館にて個展
2002年 ・「YUSAKU MATSUDA EXHIBITION 松田優作と現代のクリエイターたち」(渋谷PARCO)
・現創展文房堂賞受賞
2003年 ・日本出版美術家連盟展大賞受賞
・文化庁指名により国際文化交流使としてスウェーデンに赴く
2004年 ・サンディエゴコミコン及び中国北京世界漫画大会に出席
2005年 ・個展「天女がいっぱい」(東京・銀座ギャラリーロイヤルサロンギンザ)
・帝国ホテルにてオープニングパーティ
・大阪芸術大学キャラクター造形学科教授に就任
・現創展奨励賞受賞「パワー」
2006年 ・大阪芸術大学においてワールドマンガピックのプレイベント
・『第一回プレマンガピック』を開催(7月19日)
・サンディエゴコミコン2006に参加
・東京・大阪・鹿児島にて個展の三段跳び「天男がいっぱい」開催
(ロイヤルサロンギンザ→大阪芸術大学→
指宿市考古博物館時遊館COCCOはしむれ巡回展)
・「桃太郎2006」現創展彩美堂賞受賞
2007年 ・バロン吉元(龍まんじ)原画展 山中湖ふれあいアトリエ館にて開催
・「現視鏡」銀座彩鳳堂画廊にて個展
・「バロン吉元原画展」指宿COCCOはしむれにて開催
・「バロンピック」指宿市体育館にて開催11月23日
・「ミューズと脇士」現創展大賞受賞(東京都美術館)
・美術の窓に掲載 山下裕二の隠し球
『龍まんじ(バロン吉元)マンガと美術の危うい関係』
2008年 ・マイドームおおさかにて「マンガピック」全日本マンガ選手権大会開催
・「キャラクターアート展」(大阪芸術大学)
・「ジャンヌダルク」現創展協会賞受賞(東京都美術館)
2009年 ・第2回バロンピック料理マンガ大会開催
・大阪芸術大学にてキャラクターアート展開催
2010年 ・フランスのJapanExpoに参加
・10月ギャラリーサロンドフルールにてキャラクターアート展開催
2011年 ・京セラドーム大阪イベントに参加
・第3回バロンピックスポーツマンガ大会開催
・龍まんじの世界展「キャラクターアートの未来」銀座彩鳳堂画廊開催
2012年 ・第4回バロンピック鹿児島大会開催
大阪芸術大学にてキャラクターアート展開催
・第38回現創展に出品
2013年 ・つくば市にて「第一回ワールドロボピック」開催
・第39回現創展にて東京都知事賞受賞
2014年 ・個展キャラクターアート龍まんじの世界展 YAMAWAKIギャラリーにて開催
第1回キャラクターアート展 第40回現創展出展。
・「漫画家による仏の世界展」
2015年 ・第2回キャラクターアート展開催 第42回現創展出展
2016年 ・個展・「新春描舞き初め2016公開制作展」 YAMAWAKIギャラリー
・「バロン吉元の脈脈脈」トーキョーワンダーサイト本郷
・第3回キャラクターアート展開催
2017年・「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」(アツコバルー)
・画集「画俠伝」リイド社より発行
・個展「画俠展」京都高台寺
2018年・「バロン吉元/寺田克也 バッテラ[bateira]」(高台寺・京都)
・手塚治虫文化祭「キチムシ」参加
・第5回キャラクターアート展
・「おきあがりこぼしプロジェクト 明治大学展」(明治大学米沢嘉博記念図書館・東京)
2019年・企画展「画業還暦60年記念祭 バロン吉元☆元年」 弥生美術館
・「画業60年還暦祭バロン吉元個展「男爵」銀座蔦屋書店
・「画業60年還暦祭「男爵芋煮会」阿佐谷VOID
・ 画集「男爵」パイインターナショナルより発行
・新装版「柔俠伝」リイド社より発行
・日本漫画家協会文部科学大臣賞
2020年・フランスの第47回アングレーム国際漫画際に招聘され巨大ライブペインティングを4日間完成。
・ロスアンジェルスGR2ギャラリーにて個展「GEKIGACORE」開催
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