と 剛

柔能く剛を制し、弱能く強を制す。
柔は徳なり、剛は賊なり。弱は人の助くる所なり。」


 これは中国の古い兵書『三略』にある言葉だそうです
が、私にとっては『柔侠伝』のテーマであり、二十年来の
座右の銘でもあります。一般的にも「柔能く剛を制す」と
いう故事成語で広く使われ、その語句どおり現実的にも
非常に有効で“柔”は社会の建て前を上手に演じるため
の智恵、“剛”は本音に忠実な頑迷不霊、前者を他力本
願とするならば後者は自力本願、または狡猾とバカ正直、
たかがとされど、風見鶏と避雷針、などと、このような解
釈のしかたはいささか乱暴かもしれませんが、私は“柔”
と“剛”を連想ゲーム風にとらえて楽しんでおります。
 柔道の創始者嘉納治五郎は「柔能く剛を制す」生き方
で“剛”の柔術を破り、柔道を世界のスポーツとして発展
させました。
 私が柔道を習い始めたころ、今にして思えば見事に
「柔能く剛を制す」戦術に一本取られたことになるでしょ
うか、いかにも悔しい想いをしたことを懐かしく思い出し
ます。

 それは中学3年の時でした。
 スポーツ嫌いの私は父に柔道を習うことを勧められ、初段の免状を取るまでという条件のもとで
しぶしぶ柔道を始めることになったのです。当時、学校には道場も体育館もなく、稽古はもっぱら
講堂の中か、天気のいい日は屋外に畳を敷いて行なっていました。つらい稽古の日々が続きます。
放課後が来なければいい、柔道畳が焼けてしまえばいい、そんな祈りでもしたくなるような日さえ
あります。
 中でも最も苦しく最も印象的で悔しい一本を取られたのが初めての寒稽古の時でした。まだ夜の
明けきらないうちに寒風をついて学校に出かけます。まず寒々とした空ろな講堂の隅に畳を敷き、
準備運動と受け身を行ない、体が温まったころ、いよいよ乱取り稽古が始まります。

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