「エイオーテーッ」「チェストイケーッ」
          気合の入った喊声と掛け声にドッと上がる笑い声、かがり火の栂がはぜて火の粉が夜空に
          舞う。私の田舎、鹿児島県指宿市の摺ヶ浜では毎年十五夜になると恒例の子供たちによる
          浜相撲大会が行なわれていた。一口に『ガラッパ相撲』と言っていたが、確か元の意味は勝
          ち抜き相撲のことだったと思う。
   
          ガラッパと言うのは河童の方言で土俵は浜に作られた。柔らかい浜の砂地では相撲が思いっ
          きり取れる。だから妙技続出、というより突拍子もない滑稽な決まり手が頻発するのでその度
          に周囲からは笑い声が上がる。なにしろフンドシは相撲用の、いわゆる“まわし”ではなく、白
          い綿布の六尺フンドシなので強く引かれるとオシリが丸出しになったり、オチンチンがはみ出し
          たり、中にはフンドシがほどけて素ッ裸にされる者や「見えた、見えた!」と囃されただけで負
          ける者も出る始末。いやはや今にして思うと、天真爛漫にして誠に真剣な、ワンパク相撲なの
          だった。
  
          “ガラッパ相撲”とは良く言ったものである。そういう私も一度だけ大笑いされたことがあった。
          と言っても私の場合は“大事なものを公開”したからではなかったけど。土台、私は相撲が得
          意だった。高校を卒業する頃まで『ガラッパ相撲』の気分が抜けきれず相撲を取っていたぐら
          いだったから。単位は取ってなかったけど。。
  
          それは小六の時だった。
          十五夜の日を挟んでどのくらいの期間だったか、私は一時的に鳥目になったことがあった。
          恐怖が襲った。こんな状態で夜、相撲が取れるだろうか。取れるわけがない。
          月の明かりや、かがり火だけではほとんど見えないに等しい。たとえ取っても負けるに決まっ
          ている。どうしょう。でなけりゃみんなに『やっせんぼ(弱虫)』と思われるし。十五夜が迫って
          大いに迷った。とまれ! そんな時のために鹿児島には勇気を鼓舞する実に都合の良い言葉
          があった。「飛ぼかい泣こかい泣くよかひっ飛べ!」 これである。これを何度も何度も繰り返し
          唱えていると、不思議と勇気が奮い立ってくるのだ。
          私はついに土俵に上がった。相手の姿は闇に溶け込んで黒い大入道にしか見えない。ただ、
          かがり火がチラッチラッとわずかながら相手が人間であることを教えてくれている。栂の燃える
          匂いが鼻腔を突き、潮騒の音がやけに大きく耳朶を打つ。

          「見合って!」の行司の声に私は焦った。両手をついて仕切りの瞬間、相手がなるべく良く見え
          るように眼を大きく見開いた時、どうしたわけか逆に目の前が真っ暗になってしまったのだ。
          「ハッケヨイ!!」の声を聞くと同時に私は、反射的にやみくもに突進した。だがそこに相手は
          いなかった。身を交わされたのか、そのまま私は勢い良く土俵外へ派手で自滅のダイビング。
          これがもし映画だったらスローモーション、サウンド無しで撮りたいところ。
          砂に頭をつっこむ私、口から砂を吐き出す私、無様この上ない姿にドッと上がる大爆笑、フェー
          ドイン、画面は真っ白になって・・・・・・・

          あぁ、その思い出は遠い半世紀も昔のことである。あの時の土俵のあった砂浜はもう今は無い。



                               
                                   

  
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